
高校2年のある数学の授業の最中、計算式をガリガリ書いていたらふと、自分の心の声が聞こえました。
「ノートの横線ってわずらわしくね?」
そうです。数学の式なんかは下に延びがちなので、自分の予測の範疇を超えて式が長くなると、1ページの行が足りなくなって、1つの式がページを跨いだりすることがよくありました。
それが非常に厄介だな、と当時高校生の僕は思っていたのです。
そしてふと心に浮かんだのがそう、A4のコピー用紙だったんです。
それ以降、僕は大学ノートを使うのをやめ、A4のコピー用紙に何でも書くようになりました。
横線も縦線も無く、一般的なB5サイズの大学ノートより一回り大きいA4紙。これで、もし式が長くなりそうでも、行というものに縛られる事が無いため、途中から文字サイズを小さくすれば無事1ページに入ります。しかもしかもコピー用紙は、ホームセンターなどで束で買えば1枚あたりの値段がノートに比べ段違いに安い!
最初は平行に書けなかった文字も、慣れればどうってことありません。
しばらく使っていて、自分ではかなり「学校生活11年目の快挙!」だったのですが(多少オーバーですが)、クラスメイトからは少々奇異の目で見られていたようです。
ああ、なんで分かってもらえないのだろう。こんなにもコピー用紙の表面は真っ白でフリーダムだと言うのに。
バインダーに通す穴が欲しいならパンチで開ければいいじゃないか。
それも面倒くさいなら、クリアファイルにぶっ込んどけばオーケーさ。
会社に入れば書類とか資料とか大体A4の紙じゃないのか?今から慣れとけば一石二鳥でしょ!
僕のアピールもむなしく、1枚あたり1円~もするルーズリーフをずっと使い続けている学友達には、なぜかこのA4紙の魅力は伝わらず、「A4紙を使おうの会」の会員が増える事も無く、僕の高校生活は幕を閉じたのでした。
便利だと思うのですけれどね~。ノートという形にこだわるのが多くの人の考えなのはなぜだろうか。
それともただ単にノートに慣れてしまって、新しい形態に移るのが億劫だと感じたりするからなのでしょうか。
それとも何か、僕が気付いていない素晴らしい大学ノートの魅力があるのでしょうか。
うーん。
だれか賛同してくれないかな~。
いや~みなさん、もうじき3月も終わっちゃいますね。
早いですよね~^^;
4月になると、入学式のシーズンですよね。新入生じゃないみなさんは、始業式があって、1つ上の学年になったりとか。
もしくは、会社にお勤めの方なら会社でお花見とかあったりするのでしょう。
なごやか~な雰囲気でぽつぽつイベントがあったりする4月。僕は結構好きなんですよ。
あ~春が来たな~って、桜の木の下を歩くたびに思って、その時たまたま風が吹いて花びらが綺麗に散ったりすると、上を見上げながら思わず顔がにこにこしてしまいます。
はたからみたら、気持ち悪い人ですね。
そういえば、春には変質者を町でよく見かけるようになるとか・・・って!俺のことか!!
みなさん、こんばんは。今日僕の住む関東平野では良く晴れ、桜がいっせいに咲いていました。
自分のスタイル、と言われても、ピンと来たことがないな、と僕は改めて思います。
僕は飽き性ですんで、すぐに何か違う考え方だとか、新しい方法をやりたくなってしまうんです。あ、もちろん、このサイト作るのに飽きてきたとかそんな事はありませんよ。うん、決して。
コンビニに行けば新商品が目に入り、また、珍しい品物が入っていれば買ってみたくなる。僕の性格がそんなところに現れているかもしれません。
僕の好みも、考え方も、常に変化してることが多い。僕は回りに流されやすいと自分でも思います。周りからもたまに言われます。
そんな僕だから、「お前のスタイルはなんだ?」と問われても、ちょっと思い浮かばない。スタイルがあるということは、何か確固とした自分だけのルールを持ってることだと思うんです。僕にはそれが無いかもしれない。
「常に変化する事」って答えてみてもいいけど、それはルールとしてはどうなんだろう。何かを決めるときに「変化」がルールだと決められない気がする。現状維持or改革だったら改革を選ぶのが変化か?ならそれが自分のルールを通したことになるのか?
時には、現状維持が適切な事もあるでしょう。それに、選択肢は現状維持or改革だけではない。新しい道1or新しい道2という場合もありえるでしょう。
僕は、そんな選択肢に当たったときに、「こっちだ!」と決められる何かが欲しい。それを皆は信念と呼んでみたり、自信と呼んだりしている。
まだまだ、僕には経験が足りない。もっといろんな事を経験しないと、信念とか、エラそうなこと口に出して言えません。
そもそも、「人生100年じゃ足りない」と僕自身は思ってます。生きられるものなら、1000年くらい生きてみたい。1000年くらい生きてみて、人間というものが分かる気がする。
なんて、そんな夢みたいな事を言っているあたり、僕がガキだということがバレバレなのですが。

今日は友達のバンドが出るということで誘われてライブに行って来ました!
僕は、齢20にして生まれて初めてライブというものに行ったんですが、会場に入った途端にすげぇ爆音!!
おおよそ外の世界とはまるで違う別世界のようですね。
友人のバンドの他にたしか7バンドくらいが演奏したみたいで、僕は途中からお客さんとして参加だったんですが。
8バンド中ほとんどが正統派(?)ロックなのに対し、友人のバンドはメタルに分類されるバンド(らしいです)だったので、ちょーっと毛色が違うというか、お客さんの好みの斜め上行った感じでちょっとノリが違ったんですが、「まあ、こんなもんだろう」と友人も言ってましたし、悪い雰囲気じゃなかったのでよかったよかった。
最後にトリでもあり、今回のライブの企画の主催をされていたバンドさんが演奏したのですが、かっこよかったな~。ロックとか全然わかんない僕ですが、あの人たちはなんか他とは違ってました。うん。
さて、話題を変えまして、形式の話なんですが、ちょっと最近更新に時間がかかりすぎてよろしくないですね。
特に日記とか。(どうしても書きすぎちゃうんだよな!俺!)
なのでね、ちょっとでも上げる速度を上げる(ギャグじゃありません)ために、タイトルや日付の表示を簡略化したり、ニュースのタイトルを省いたりすることにしました。
これでちょっとだけでも早くなるはず!!
これからもどうぞ宜しくお願いします。m(_ _)m
今夜はニュースお休みします。
東方をほとんどやったことないのは致命的
いや、ホントに。友達の家でちょこっとだけ・・・・・・時代遅れもはなはだしい?
シューティングゲームってどうしても肩に力入っちゃうんで、肩こりがひどくなります。
スターフォックスは面白かったなー。ニンテンドー64の世代だけど。古っ!
ペッピーの「ワシは先に離脱する!!」を何度聞いたことか。
前置きはこのくらいにしまして。
すいません!26日の時点で気付いてなかった事がいろいろと。
まず、ジャポニカ通信のかわすみさん、Fusion Factoryの電鬼さん、25日の時点でメールのお返事頂戴していたのですが、気付かずにご紹介しませんでした。すみませんm(_ _;)m
お返事とても、嬉しかったです。ありがとうございます。
ちなみにですが、26日の日記で岸和田ロビンさんからのweb拍手を特別視したような書き方になってしまっていますが、だからと言って「他の方々の事はすごいと思ってない」とか、そんな事はいっさいありません。
みなさん絵がお上手で、僕にはない素晴らしい技能やセンスをお持ちの方々ばかりだと思っています。
僕には絵の自身が全く無いので・・・・・・ニュースサイト(らしきもの)をやってます。
(数年前はイラストサイトやってみたいなとか、思ってました。悲しき思い出ですが。)
――――――――――――――――――――
さて、お次はニュースについての話題へ参ります。
今日は著作権問題が各地で上がっていたので3つほどピックアップしてみました。
みなさん、どう思います?(コラ、丸投げするな
例えば何か創作物を作る時、「何も参照しない」状態で何か作ることは無理だと思うんですよ。
なぜって、人間には「経験」というものがあるからです。
人間が人生を送るとき、周りとの接触を一切断って過ごすというのは無理ですね。
生まれて物心ついた時から、家の中には本がある、CDがある、テレビがある、ちょっとお洒落なお宅なら絵画もあるし、そもそも住んでる家(建築物)だってあるわけです。
つまり、生まれた時から、「見ず知らずの他人が作った物がたくさんある」わけです。
そんななかで生まれ、育ってきた僕らは、自分の経験が他人の影響を受けないということはまず無いわけです。
だから、自分のオリジナルで作ったとは言っても、無意識に自分の経験の中から“引用している”ものはたくさんあるわけです。
言葉を変えれば、他人の影響があってこその今の自分が存在できる、ですね。
自分の人生にはいろんなことがありますから、「だれだれのなになにを引用しました」を全部書こうと思ったらキリがない。まあ、無理です。
だから、「100%自分のオリジナル」というものはもはや存在しないんですね。
ちょっと悲しいかもしれませんが、こういう考え方もできるわけです。
もしかしたら、原始時代まで遡ればオリジナルがあるかもしれませんが。(自然から引用・参考することはあるでしょうね)
だから、著作権だ!と言って、それを強く主張する人を見ると、僕は少し抵抗感を感じる。
まあ、文章のほとんどをそのまま引用しているとか、見分けつかないくらいそっくりだとか、悪質なのはしょうがないとしても、「このネタ誰でも思いつくんじゃないの?」くらいのレベルの物の著作権を頑固に主張している人がたまにいらっしゃって、そういうのを見ると僕はちょっと視野が狭いな。と思ってしまう。
いや、もちろん、その人と話した事は無いので、決め付けることはしませんが。
パクられる内が華だし、とも思います。
あ、そうそう、パクられる内が華と言えば、日本の歴史の中で、俳句や短歌などの「歌」はある意味「パクリ」がむちゃくちゃ横行している世界ですよね。
この世界ではマイナスイメージよりもむしろ、「一部パクってるからカッコイイ」というプラスイメージのほうが強い気がします。
有名な歌の一部を引用して歌を作る。引用された歌を知ってる人がそれを見て「ああ、あの歌ね(ニヤリ)」となる。
いわゆる「内輪ネタ」の精神のような面白みがそこに在るわけですね。
引用することで歌の背景がより深みを増すこともあるでしょう。
パクり大歓迎だったわけですね。
(僕は詳しくないので、歌をやってらっしゃる方で、気分を害された方はゴメンナサイ。)
そういう、日本の歴史はどこへいってしまったのか。
歴史を知った上で、「パクんじゃねぇ、著作権あるだろうが」と言っているのか。
いったん入った考えを無しにしようというのは難しい。
それにまあ、金が絡むと人間は欲が出ますからね。それは、しょうがない事なのかも。
現代では金抜きで物事を考えるのは難しいですし。
「じゃんじゃん引用してくれ!」と言うのは難しいにしても、もう少し開かれた環境があってもよいのでは、と思います。
なんだ、えらい真面目な話になったな。もっとお気軽な日記を目指してたはずなんだが。
次回、反動でなにかやらかすかも。
自重しないと。
※※※
ここに書いたことはあくまで今の僕が感じた感想のようなものです。
ちゃんとした文章ではないため、お前は間違ってる!とか言われるとちょっと困ります。
僕自身、まだまだ経験が足りないので、あとでいつ考えが変わるとも限りません。
あらかじめご了承ください。
ご意見を頂く分にはいっこうに構わないので、何か考えのある方はメールなどでお知らせください。
※※※
僕、俺、私。
少なく見積もっても、日本人男性が使う一人称は3通りある。
僕はこんな風にインターネット上とかで、日記など、自分自身の事を書いたりする時、どれを使おうか迷うことがあります。
前にも少し書きましたが、僕はもう二十歳という年齢です。だから、「僕」を使うのもそろそろ子供っぽいかなぁ、と思いつつ逆に「私」と言うのには何だか抵抗があるような。いささかキマリすぎというか、かしこまりすぎと言うか。日常で「私」を使ったことが無いので、やっぱり違和感があるんです。
じゃあ、間を取って「俺」?いや、意味が良くわからないけど。
でもなんだかなー。あまりにも砕けすぎというか、一応ここは世界中のどこからでも見られるわけですから、それなりのマナー?礼儀?というものを考えると、ちょっと落ち着かない。
考えすぎですかね?
てか、「です・ます」付けたり外したりしてる時点で文章崩壊してるわけですが!
こういうとき、英語をちょっとうらやましく思います。
隣の芝はなんとやら。ですね。
![]() | スカイ・クロラ (C・NOVELS BIBLIOTHEQUE) 森 博嗣 中央公論新社 2002-10 売り上げランキング : 113990 おすすめ平均 ![]() Amazonで詳しく見る by G-Tools |
この作品はミステリーではありません。
森さんはミステリーで有名ですが、僕はミステリーの方を読んだ事がありません。
何気に本屋に並べられているのを見て、「飛行機モノ」ということで思わず購入してしまったのがキッカケです。
体は大人になる。でも精神は子供のまま、飛行機乗りをやっている。
飛行機の機関銃のトリガーを握る指が一瞬で人を殺す。
そういうのは大人でなく、子供にしかできないこと。
子供ってなんだろう、大人ってなんだろう。
そういうことを考える作品かな。
各章毎に、サリンジャーの作品から引用文があるのも注目


じゃじゃ~ん!山盛りチロルチョコ!美味い!!
はい。すいません。オチもなんもありません。
チロルチョコをピラミッド状に積んでみました。某2月14日・我が家のテーブルにて。
チョコはこの後、家族でおいしくいただきました。
さて、なんでこんな意味不明な日記になったのかというと・・・・・・、
ごめんなさいごめんなさい。探したけど、いいニュースが無かったんです……orz
というわけで、残念ながら今日はニュースがありません。
まさにこれぞ、ニュースサイトの名折れ。大失態。末代までの恥さらし。ああ.....
『嘘だっ!!』
いや、ホントなんです。ごめんなさい・・・ああ・・・鉈振り回さないで、どうか・・・・・・・・・・。
ニュースサイトをやってみてわかった。
「ニュースサイト運営してる諸先輩方の情報網はハンパじゃねぇ」と。
やられたぜ・・・・・・。俺の口調、昨日と違うし。マジやばい。焦ってる。
三日も経たないうちに存亡の危機?!そんな馬鹿な。
いや・・・まだだ・・・・・・まだ希望は捨てちゃいけない!
『ラピュタは滅びん!何度でもよみがえるさ!!』
ああ、大佐!ジブリシリーズの中で群を抜くほど異様な存在感を放つ、そのお姿が輝かしい。
・・・・・・出直してきます。
⇒公式サイト★チロルチョコ株式会社★
はい、2日目です。
昨日の日記を読むと薄ら寒い思いも若干ありますが気にしない。自分の過去というものは気にしていたら恥ずかしくて死んでしまいそうになることばかりなんです。
このサイトの装飾やそのほかの機能なども付け足したいこと・ものがたくさんあるのですが、ちょっとずつ進めていきます。
なので、しばらくの間は見た目がころころ変わるかもしれませんが、ご了承ください。
さて、今日は本の紹介。
友人に勧められて借りて読んでみたのですが、今まで出会ったことの無かった“構造”の本でした。
![]() | 人生の地図 高橋 歩 A‐Works 2003-12 売り上げランキング : 1649 おすすめ平均 ![]() Amazonで詳しく見る by G-Tools |
この本は写真集と詩集(名言集?)が合わさったような構造です。ぺらっとめくると、写真があって、短い言葉が添えられている。
またぺらっとめくると別の写真があって、短い言葉がある。
ぱっと目に飛び込む写真と、“伝えたい!”っていう感じが強くこちらに働きかけてくる言葉。
この二つのミックス感がなんかよさげ。
添えられている言葉の方は、他の本から引用している言葉もけっこうあって、それは「ムーミン」からだったり、「カイジ」からだったりするところが面白い。
この高橋歩という方は、自分流で、フリーダムな人なんだなぁ、と思いました。
僕の感覚ですが、これは文庫本のようにじっくり読む本ではないかもしれない。
ふとした時にぱっと手にとってめくる。
そこに在る写真と言葉をちょっと考えてみる。
そんな使い方がいいのかもしれません。
皆様はじめまして。このたびニュース&日記サイトつくってしまいました。AJINです。ヨロシクお願いします。
ここでは、私の興味のある範囲で面白いニュースなどなど取り上げていこうと思っています。(ていうか、つまりはまだまだ未定なんだ!)
できる限り長くつづけたいな~と、ぼんやり思っております。
ところで、このサイトの名前「電波塔25時」の由来ですが、聞かれてもいませんが聞く人もおりませんので自分で勝手に喋る次第ですが、夜中の1時(つまり25時ですね)というのは、私にとってちょっと特別な時間帯だったりします。
家族も寝静まり、外からの騒音も少なくなるこの時間帯は、何か集中するのにもってこい、な時間だと思うわけです。
えー、すなわち、その色々と創作活動やなんかに使えるこの"25時"という時間にクリエイティブという意味合いを無理やり関連させ、"電波塔"という情報を発信するものの象徴と掛け合わせてみました。
というわけで、「電波塔25時」という名前には"創造性"と"発信"という意味が込められているんですね。なるほど。実は今考えました。ぇーー
すいません、色々と慣れてない部分が多いんです。( ̄д ̄;)
昔から”慣れる”こと自体に慣れません。人より一歩遅れて歩き出す。まるで夫の二歩後ろを黙って歩く、古きよき日本妻のような性格です(?)
何だか自分で不安ばっかり作ってしまったような駆け出しですが、皆様が温かい目で見守っていてくださると幸いです。
では少々変な印象を残しましたが、本日はこれにて。